藤田嗣治
洋画家 藤田嗣治について、フクダ画廊で取り扱っている作品と、作家の略歴をご紹介致します。また、こちらで掲載されていない作品をご希望の方は、お気軽にご連絡ください。
作品紹介
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「Harhas」
コロタイプ
猫の本より 1930制作
500部限定
SOLD OUT |
| Harhas | Thomyris | |
コロタイプ SOLD OUT |
コロタイプ |
エッチング |
| スミレ売り | ||
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作家紹介
1886年、東京都出身。現在、日本芸術界において最もその業績の再評価がなされている作家の一人。
現在において、パリの最も著名な日本人画家であり、明治以降の日本人芸術家で最も輝かしい業績を残している。独特のルックス、スタイルと共に、その透明感のある画風がパリを熱狂させ一躍時の人となる。1931年の藤田の個展では、サインを求めるために1万人を超える人々が列を成した。女性と猫の描写を得意とし、油彩画に日本画を融合させる手法は、裸婦像などになまめかしく美しい色彩を与える。1957年フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章シュバリエ章授与。その名声を不動のものとする中、1968年1月29日にスイスのチューリヒにて逝去。
略年表
| 1886年 | 東京に生まれる。 |
|---|---|
| 1910年 | 東京美術学校西洋画科を卒業。 |
| 1913年 | 渡仏。ピカソやモディリアーニ、スーチンらと交友しつつ研鑚を重ねた。 やがて乳白色の平滑なマチエールに面相筆による線描を生かした独自の技法を編み出す。 |
| 1919年 | サロン・ドートンヌに入選。会員に推挙される。 |
| 1921年 | サロン・ドートンヌ審査員となる。 |
| 1923年 | サロン・デ・チュイルリー会員となる。 |
| 1929年 | 一時帰国。 |
| 1930年 | 再び渡仏。1933年までパリを中心に中南欧各地で制作。 |
| 1934年 | 二科会会員となり、第21回二科展で特別陳列される。 |
| 1937年 | 秋田で大壁画『秋田の行事』(秋田市平野政吉美術館蔵)を完成。 |
| 1939年 | 3度目の渡仏。 |
| 1941年 | 帝国芸術院会員となる |
| 1943年 | 朝日文化賞受賞。戦争画も描いたが、戦後は複雑な日本画壇と離別。 |
| 1949年 | アメリカ経由でフランスに渡り定住。 |
| 1955年 | フランスに帰化。 |
| 1956年 | カトリックの洗礼を受けてレオナルド・フジタと改名。 晩年はランスのノートル・ダーム=ド・ラ・ペ礼拝堂の設計、壁画制作に没頭。 またガラス絵の制作に傾注した。 |
| 1957年 | レジオン・ドヌール勲章受章。 |
| 1959年 | ベルギー王立アカデミー会員となる。 |
| 1968年 | チューリッヒで逝去。 |
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